Andy Hertzfeld  -  2011/07/01  -  一般公開
It’s great that the user experience of Google Plus is being so well received, and I’m happy about all the positive feedback that’s been coming my way, but I’m worried that I’m getting too much credit for it, so this long-winded post is an attempt to set the record straight.

I am indeed the main individual behind the interaction design and implementation of the circle editor. I conceived, designed and implemented a compelling prototype for it almost single-handedly, and then wrote a fair percentage of the production javascript code with lots of help from my friends. I also worked on a couple of other parts of the product a little bit, but that’s pretty much as far as it goes.

Steven Levy’s excellent Wired article got the story right - I wrote the circle editor and then recently widened my focus to the overall Google Plus user experience. But subsequent stories jumped to the conclusion that I was responsible for the design of the entire product that we launched on Tuesday, which isn’t true, but I guess it was just too good a story (about Apple design values infecting Google) for people to resist. And now some people are saying that I’m responsible for the broad visual refresh now rolling out across Google, which couldn’t be further from the truth - in fact, I’m not even sure I like it.

One thing that I learned during the launch of the original Macintosh in 1984 was that the press usually oversimplifies everything, and it can’t deal with the reality that there are many people playing critical roles on significant projects. A few people always get too much credit, while most people get too little, that’s just the way it has always worked. But luckily, it’s 2011 and I can use the service that I helped to create to clarify things.

+Shaun Modi is the awesome young designer most responsible for the visual design of the circle editor, especially the blooming circles, along with
+Jonathan Terleski, who helped refine it after Shaun departed. +Joseph Smarr also helped with the design quite a bit, and was especially valuable as someone I could rely on (along with Jonathan) to tell me when a particular aspect was good enough yet or not.

Google probably won’t be thrilled about me mentioning the names of the superb developers who helped me with the circle editor code (hello recruiters) but I feel that I must mention my main collaborators here: +Owen Prater +Eric Cattell +Eric W. Barndollar and +Griff Hazen, along with Ariel Gertzenstein and Rich Conlan who helped in the early stages. And those are just the main front-end guys, there are plenty of others who worked on the shared infrastructure or the back-end that I won’t mention.

And all of the above are just the people who helped with the circle editor and related UI. There are plenty of others who worked on the stream, profiles and photos, as well as the leadership, product managers and various specialists who also made invaluable contributions every day. Suffice it to say that Google Plus is the creation of large, talented team that I’m proud to be a part of, and anyway it’s only the beginning, we’re all excited about what it has a chance to become over the months and years ahead.

だいたいネットで立派なことを書いているやつなんていうのは、現実でひまで話をきいてもらえる相手がいないからに決まっている。(ソース=自分)

相手の話をきかないでひとりよがりに理屈をいってるから、ネットでしか話をきいてもらえる相手がいなくなるんだ。

……さて,1200年前の貞観地震の時の政府の対応はどうかな…「犠牲者の国葬,被災地納税免除,被災者の全面救済措置の勅令」が出たのは…えー
と,Wikipedia からザッと計算すると,発生後140日か.おぉ1200年前に較べて幾らか早くなってるw つか思ったより仕事早いな平安貴族.

「絶対に儲かるわけがない」。思わず首をかしげたくなるようなマーケティング手法がある。アマゾンジャパンの「全品無料配送」キャンペーンだ。

 147円のパソコン用LANケーブル、210円の鉛筆削り、368円の絵本・・・。アマゾンが自社で在庫を持って販売する様々な商品から、たった1個を選んで買っても配送料は無料になる。

アマゾンの配送料は通常300円(1500円以上購入した場合は無料)。利用者が数百円の商品を買うと、配送コストの負担でほぼ間違いなく赤字になるはずだ。利用者が増えても、このキャンペーンで、アマゾンが企業として利益を出すハードルは極めて高い。

 なぜ損を覚悟する必要があるマーケティング手法をアマゾンは取るのか。そんな疑問をアマゾンジャパンのジャスパー・チャン社長にぶつけてみた。

 「われわれは短期的な利益は重視していない。長期的な成功が目標だ。アマゾンには、顧客に喜んでもらえるナンバーワンの価値を提供し続ければ、必ず成功できるという企業哲学がある」。チャン社長はこう言い切る。

 配送料を全品無料にすることで、アマゾンで買い物をする消費者が増えることは間違いない。アマゾンが損をする取引が少なからずあっても、「アマゾンで買うと得をする」「インターネットショッピングはアマゾンが一番」というイメージを消費者に植え付けやすい。そうなれば、頻繁に買い物をするリピーターが増えて、長期的に成功するという考え方だ。
全社員が電話でクレーム対応

 非常識にも思える戦略の背景には、アマゾンの経営哲学がある。まず顧客中心の視点で、あらゆる戦略を考えて実行すること。きれいごとに聞こえるかもしれないが、アマゾンは本気だ。

 米アマゾン本社のジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)を含めたアマゾンの全社員は、カスタマーサービスを提供するコールセンターで定期的に研修を受ける。すべての社員が、厳しいクレームを含む電話に直接受け答えしないと、顧客の本当の姿を理解できないと考えているからだ。

 顧客中心の視点からベゾスCEOが重視するポイントは3つ。「豊富な品揃え」「エブリデー・ロープライス(いつも低価格)」「コンビニエンス(利便性)」である。

 この3つのポイントで、ライバルを引き離すために、アマゾンは短期的には損をする可能性がある様々な戦略を実行してきた。

Flurry: Time Spent On Mobile Apps Has Surpassed Web Browsing
(Image) - decarabia’s soup
What Photo Sharing App Should You Use?
小熊英二が冴えてる。 http://bit.ly/hxbTgJ 反原発デモへのメッセージ。たまたまクリップしてた記事もつい… on Twitpic

小熊英二が冴えてる。 http://bit.ly/hxbTgJ 反原発デモへのメッセージ。たまたまクリップしてた記事もつい… on Twitpic

楽しむのが原点
「代替エネルギーをどうするんだ」とか、むずかしいことを考えなくてもいいと思う。考えたい人は考えてもいいが、考えないで「原発やめろ」というのは無責任だということはない。「責任をもって意見を表明しろ」というなら、意見を考える土台の情報が全面的に開示されてからにしてもらいたい。意見を表明したらそれが政策に反映される保障があってからのことにしてもらいたい。それがないのに責任だけ問うのは、情報と権力を握っている人間以外は文句をいうなという脅迫でしかない。あるいは、情報と権力を握っているような意識に酔いたい人間の自己満足でしかない。それだけの情報と判断力と権力を持っている人間が本当にいるならありがたいとも思うが、そうとは思えない状態で事態が動いているところが怖いのだ。民主主義というのは、人間は不完全なものだから、全能の権力者などいない、みんなの意見と力を寄せ集めるしかないという考えから始まっている。危ないものは危ない、いやなものはいやだと表明するところから始めるしかない。あとは楽しむこと。楽しんで盛りあがるのも民主主義の原点。
小熊英二(歴史社会学者)

ほぼ日刊イトイ新聞 - 細野晴臣夢日記

国や東電、あるいは原子力工学の研究者の場合には、過小評価する合理的な動 機があるわけですが、特に利害関係がないと思われる他分野の物理学(素粒子 物理、原子核物理、物性物理等)の研究者が同様な過小評価を繰り返してきてい るのは何故か?というのはなかなか理解が難しい問題です。

まず、仮にも物理学者である以上、意図的に事実をねじ曲げるようなことは しないであろうと仮定してみます。そうすると、自動的に、本心から そのような過小評価を信じている、ということになります。

既に書いたように、研究の現場に戻ってみると、研究者というのは(私ももちろ んそうですが)思い込みによる軽率な間違いを一杯するものです。で、その多く は、「誰か別の人がいったことをちゃんと検討しないで鵜呑みにする」、「な んかおかしいと思ったけど、専門家がいうんだからそうだろうと受け入れる」 といったことによっています。

もちろん、専門家のいうことがおかしいと思って、自分で検討して、その途中 で間違えることはもっと一杯ありますが、これは色々指摘されたりして修正さ れることが多いわけです。これに対して、専門家、権威者の発言を鵜呑みにす る、という種類の間違いは、基本的に修正するメカニズムが働きません。もち ろん、事実が、専門家、権威者の発言と全然違う、ということが明らかになっ て、専門家、権威者のいうことが変わるともちろんそれに追随するわけですが、 この時には比較的大きな時間遅れが見られることが多いです。

これは単に研究者というのは大抵保守的というか頭が固いというかそういう傾 向があって、簡単に考えを改めない、ということによっています。実際に新し い研究をしようという時には、この「頭が固い」という特性は実は必要なもの であり、自分の信じるところをそんなに簡単にくるくる変えるようでは新発見 なんかできません。

さて、では、当初(というか現在まで一貫して)福島の事故の規模、影響を 過小評価してきたのは何故か、というと、個人的には

  • これほどの規模のものとは信じたくない、という感情
  • 大きい、とは政府、東電を含めてみんないってないから多分小さいんだろう、という判断

があったのではないかと思います。また、「大きいんじゃないか」という発言 をすると「権威である××さんがそんなことはないといってるのにお前はデマ を広げるのか?」といったたぐいのことをいってくれる人が一杯いたらしいと いう話も聞きます(私は特にそういう経験をしていないので良くわからないので すが)。

まあ、その、正常性バイアス、パニック神話、集団浅慮というようなキーワー ドで理解してしまっていいのかもしれません。

現在国、電力会社がやっていることは、極めて深刻な大事故が起こったにもか かわらず、その影響を可能な限り小さく見積もって、可能なら原発の運用、新 規建設を進めよう、ということであるように見えます。実際、3/12 の時点で事 態は深刻だったわけですが、東電も国もそのことをその時点で認識していた、 ということが最近になって明らかになってきています。

つまり、国・東電は、今までなりふりかまわずに事態を隠していたわけで、と いうことはおそらくは今でも色々なことが隠されているわけです。そのような ことが起こるのは国・東電の立場に立つなら合理的なことですから、行動パター ンが今後変わることは期待できません。そういう姿勢で原発の運転、建設を続 けられるとあまり遠くない将来に次の大事故が起こってしまいます。まあ、そ の、国民が皆それでもいいと思うならしょうがないのですが、みんなそう思っ てる、というわけでもないと思いたいところです。

海外の事例から明らかなことは、今後、

  • どれだけ被曝したかをなるべく正確に評価しないようにする
  • 被曝の影響を可能な限り小さく評価する
  • 退避区域を可能な限り狭く見積もり、補償金額を抑える
  • 農地、海洋の汚染を可能な限り小さく見積もり、耕作禁止区域の発生を避け、補償金額を抑える

というようなことが進むことです。これはもちろん、既に起こっていることで もあります。つまり、信用とかそういう話ではなく、行動の理解と予測は十分 に可能だ、ということです。その理解をベースにして自分はどうするか、 ということが問題なわけです。

拡大するインターネット・サービス市場に関しては、ウェブベースの「クラウド・サービス」の急増によって、従来のデスクトップやWindowsベースのコンピューター・システムは時代遅れとなると、Schmidt会長は語った。「われわれの知っているようなITは終わりを告げるだろう」

最後に、脱原発派の人たちに提案したい。脱原発の推進者、とりわけこの度の福島第一原発の事故よりも前からずっと脱原発のために運動してきた人たち、そういう人たちは、福島原発の事故の収束のためにできるだけ協力した方がよい。

協力の方法はいろいろ考えられる。最も直接的なやり方は、原発の作業員に志願するというものである。他にも、熱心な脱原発派はたいてい原発や放射線に関する専門的な知識をもっているから、何らかのルートを通じて、有益な情報を提供するとか、収束への有効なブランを提案することも、ひとつの協力の仕方であろう。

もともと、脱原発派は、原発の危険性を人一倍心配し、自覚している人たちである。そういう人たちは、今度の事故についても、とりわけ深く憂慮し、事故の収束を強く願っているに違いない。そうであるとすれば、ただ傍観しているだけではなく、あるいは批判しているだけではなく、積極的に原発事故の収束に協力したほうがよい。事故の被害は、原発反対派か推進派に関係なく及んでいるのだから。

YouTube - 統合型 拡張現実感 技術 "SmartAR"